2019/05/25

南大洋航海記〜その4〜

〜その4 マリオン航海後半〜
目的の海域に到達すると,ワッチ(当直)体制が始まります.24時間船を動かすために必要な時間配分であり,ワッチ毎に6人のグループが組まれます.船内環境はフランス語が多いため,ワッチの半分がフランスの研究者になるよう配慮されます.

私は0時〜4時と12時〜16時に働くワッチとなりました.生活リズムを変えるのは難しいですが,睡眠や食事時間で調整を進めます.研究者の役割は堆積物の肉眼記載,堆積物の半割作業,そして非破壊分析です.

まずは地点周辺の海底地形を調査し,最適な地点を選定します.残念ながら多くの議論はフランス語で交わされますが,堆積物の積もるスピードをいかに見積もり選定するか,その現場を体感しました.

長尺コアは船の右舷に据えられ,まずは海面に水平に保たれます.それから90度回転させて海面に垂直にします.採泥の始まりです.研究者の仕事は海底から採取された試料が再び右舷に置かれてから,まずは取り扱いのために1.5mずつにカットします.

堆積物の直径は大きめ(こぶし大)なのでカットは力仕事です.それから専用の機械で半割し,肉眼記載や非破壊分析を行います.今回は計4地点での採泥ですが,最長は70 mにも達する満足のいく堆積物の採取ができました.

航路の途中にフランスの海外県のクローゼー諸島を通過しました.船の周辺に鳥が多くなってきて,なんとペンギンもやってきました.船上から双眼鏡をのぞくと島にペンギンのコロニーが見えるようで,にわかには信じられませんでしたが,すさまじい数のペンギンが生息していることを実感しました.

海底の堆積物は変化に富んでいます.見た目に分かるのは色の違いで,白や緑や黒色や,その変化は明瞭なときも遷移的なときもあります.肉眼記載では,色の他に堆積物の粒度や構造を観察します.堆積物を間近で見る機会は貴重なので,特徴的な変化がないかをチェックします.

私のワッチでは主にフランスとドイツの研究者と一緒に作業をしました.息が合った仕事をするまでなかなか大変ですが,数日もすると仲良くなれます.最終地点での堆積物を採取すると,さらに一丸となって試料処理に取り組みます.幸い早いペースでワッチ体制を終えることができました.

レユニオン島への帰路は約5日あり,十分な時間があります.首席研究者を中心に採取した堆積物の基礎情報をまとめます.今後数年かけて進める研究の最初の段階にあり,研究者はワクワクしています.船内の見学や打上げも合間に行われました.

レユニオン島へ到着し,乗船研究者で集合写真を撮影します.私にとっては白鳳丸とマリオン2つの航海をやり遂げた瞬間でした.多くの人と関わり,新しい経験ばかりの75日間でした.それから帰国の途につきますが,いよいよという気持ちです.2019年はじめて日本に戻ります.〈おわり〉
その3へもどる〉

2019/05/21

南大洋航海記〜その3〜

〜その3 マリオン航海前半〜
白鳳丸航海を終え,私は再びオーストラリアからモーリシャスに向かいます.船で10日間かけて横断したインド洋,今度は飛行機です.要する時間はわずか30分の1,約8時間で到着です.驚きの速さですね.目的地のレユニオン島はモーリシャスの少し南西,飛行機で1時間です.空港に到着すると,ホテルのドライバーが迎えに来てくれました.右側通行,左ハンドル,初めてのフランス語圏に来たことを実感します.

フランス船マリオン・デュフレーヌに乗船する目的は,より長い海底堆積物の採取です.白鳳丸で採取できる堆積物の最長が15 mとすれば,マリオンのそれは70 mに達します.70 mという長さは魅力的です.例えば1,000年に2 cm堆積物が積もるとすれば,15 mなら過去75万年間ですが,70 mなら過去350万年間に及びます.

一般的に,長い堆積物の採取はIODP船のような掘削船に頼らざるを得ず,しかしそのためには10年にも及ぶ研究提案や審査を経ねばなりません.より素早く良質な堆積物を採取する観点で,マリオンの採泥システムは世界随一です.

もう一つ,フランス船に乗船するメリットはフランスの海外領土にあります.マリオン・デュフレーヌという船の名前自体が探検家であるように,フランスは多くの海外県を有しています.南大洋ではクローゼー諸島やケルゲレン諸島が相当します.排他的経済水域が適用されるため,日本の船ではアクセスが容易ではありません.入手困難かつ長い堆積物を採取するため,今回は日本から4名の研究者が乗船しました.

船内はフランス語環境,次に英語が続きます.一応英語が共通語ですが,船内の掲示などはほとんどフランス語です.白鳳丸が日本語環境なのと似ています.嬉しいのはフランス料理,ワインも出てきます.前菜,メインディッシュ,チーズ,フルーツとフルコースです.白鳳丸は定食スタイルなので,雰囲気の違いは大きいです.

今回の航海は目的の海域まで5日,堆積物の採取に5日,帰路に5日かかる3部構成です.まずは試料処理のいろはを学びます.顔合わせも済ませると,比較的時間に余裕が生まれます.ポーカーやダーツを楽しむあたり,フランス人の陽気さがうかがえます.

私が白鳳丸の話をすると,フランスの首席研究者はマリオンについて話してくれました.白鳳丸は基本的に研究船ですが,マリオンはフランスの海外県を巡り,人員や食料を補給する船としても活躍しているそうです.

海外県であるクローゼ諸島やケルゲレン諸島に永住者はいませんが,研究所が設けられています.加えて,少人数ですが海外県を巡る観光ツアーも開催されています.そのため,観光客を含む乗船者をもてなす雰囲気が多分にあるそうです.研究者として乗船しながら,そうしたもてなしを受けることができるのは非常にありがたいと感じます.

マリオンの全長は120 m,一方で白鳳丸は100 mです.船体が大きいためにマリオンの揺れは少なく,船酔いもほぼありませんでした.各研究者が準備を整え,いよいよ目的の海域に到達します.
その2へもどる〉〈その4へつづく〉

2019/05/19

南大洋航海記〜その2〜

〜その2 白鳳丸航海後半〜
モーリシャスから南下,EEZを抜けるとまた観測が始まります.南大洋を特徴づけるのは緯度方向の海水温変化です.南緯45~60度に南極周極流という強い海流があります.北半球のように遮る大陸が存在しないため,地球を一周する唯一の海流です.周極流は低緯度の熱が高緯度に運ばれるのを妨げ,その南北で大きな水温差を生み出します.

つまり周極流を通過すると海水温は一気に低下します.これはもちろん海洋に棲息するプランクトンに大きな影響を与えます.周極流の過去から現在に至る変動を調べることは,海洋の生物量や南極域の熱量を考える上で非常に大切です.しかし,その周極流を研究するには困難が伴います.風と流れが強いため船体が安定せず,観測を行うことが難しいのです.海況が安定するわずかなタイミングを狙って,観測を行うことになります.

今回は採泥,ドレッジ,そして反射法探査が行われました.それぞれ海底の堆積物,海底の岩石,そして海底下の地形を調べることが目的です.堆積物や岩石から過去の地球環境や地形の成り立ちを調べることができます.特に堆積物に含まれるプランクトンの化石は,私の主な研究対象です.

海底下の地形について,例えば月の地形は衛星観測から詳細に分かっていますが,地球の海底についてはほとんど調べられていません.堆積物から地形まで,海底の基礎的な情報が揃って初めて,IODPなどのさらなる海底掘削が可能になります.私が今まで経験してきたIODPの前段階を知ることとなり,たいへん勉強になりました.

周極流を通過するまで船体は大きく揺れますが,さらに南を目指します.海水温や気温は下がっていき,マイナスにさえなります.蛇口からの海水も冷たく,緯度の大きな変化を実感します.

ここで鉛直方向に海水を採取するCTD観測が行われました.市販されている深層水は,深さ200 mくらいの海水が用いられているのが普通です.一方,今回の海水採取は真の深層水,数1000 m級の深度から採取します.その海水の温度や酸素の量など性質を詳細に調べます.南極周辺では冷たくて塩分の高い海水が沈み込んでいますが,その様子を追跡できる可能性もあります.

もう1つは海氷の採取です.海水が冷えてできる海氷は,周囲の塩分や生態系にも影響を与えています.今回は海氷が少なく採取は危ぶまれたのですが,なんとか漂う氷を回収することができました.初めて目にする海氷には感動しました.

さて,いよいよ航海も終盤です.南大洋から北へオーストラリアを目指します.とはいえ暇になることはなく,これまで採取した試料やデータの解析,報告書の作成を進めます.堆積物を半分に割って,肉眼で記載を行います(写真).約10 mの堆積物を並べると,目の前に過去数10万年間の記録があり壮観です.

ついにオーストラリアへ到着し,乗船研究者で航海の成功を祝います.採取できた試料を用いた今後の研究が期待されます.周囲の研究者が帰国の準備を進めるなか,私は次の航海へ準備を始めます.つかの間の陸上を満喫し,フランス船マリオン・デュフレーヌに向かいます.
その1へもどる〉〈その3へつづく〉

2019/05/18

南大洋航海記〜その1〜

研究航海はいつ行われるか?世界中だと毎日ですが,南極や北極を研究する場合,その時期はほとんど限定されます.冬には風が強まり,海氷も発達するため,観測等が困難になるからです.つまり南極周辺の海,南大洋を研究するなら南半球の夏(12〜2月)に航海を行うのがベストです.そうした事情で日本の研究船白鳳丸とフランスの研究船マリオン・デュフレーヌがほぼ同時期に航海を行うこととなり,今回私はその両方に乗船する機会を得ました.

私のこれまでの乗船経験は2度とも国際的な掘削航海プログラム(IODP)でした.航海期間は2ヶ月と長く,乗船研究者は10カ国以上から集う形式です.これに対して白鳳丸は日本,マリオンはフランスが独自に有する船であり,乗組員や船内の言語は各国の言葉に従います.期間は約1ヶ月で2ヶ月を超えることはあまりないようです.私にとってIODP以外の航海経験は初めてであり,また2つの船を乗り継ぐ経験はおそらく最初で最後だろうと思います.それが航海記をまとめる大きなモチベーションです.

〜その1 白鳳丸航海前半〜
2018年も年の瀬に高知を離れ,オーストラリアのパースに向かいました.南北方向のフライトは時差も少なく比較的楽に感じます.入国審査官に航海目的と伝えると「捕鯨船じゃないか?」と確認され,日本の捕鯨活動を思わぬところで意識させられました.到着日は大晦日の朝,休みたいところですが早速停船中の白鳳丸へ向かいます.まずは船内の物品整理,やることは多くあります.今回は偶然にも日本の船「海鷹丸」も隣に停泊しており,お互いの船を訪問したり乗船研究者同士で壮行会を開いたりもできました.海外にいながら大勢の日本人で南大洋に向かうことに,どこか心強さを感じました

白鳳丸航海の前半に乗船するメンバーは修士学生が中心で,私には中堅の立場が求められます.私の主な役割は海水をろ過し,小さなプランクトンを採集することです.船には表層の海水を汲み上げるポンプがあり,船内の蛇口をひねると海水が出てくる仕組みです.船が移動しながらもサンプリングができ,特別な時間や費用をかけることなく貴重な試料の採取ができます.蛇口に水道メーターを取り付け,特殊な網を設置します.これから毎日,蛇口をひねり試料採取(観測)を続けることになります.

こうした作業を船内で行うには1つ問題があります.それは船が揺れることです.物が動かないようにロープで固定する必要があり,最大の問題は船酔いです.船が出港して間もなく,比較的揺れの強い日がありました.気持ちとしては観測を始めたいものの,船酔いでそれどころではありませんでした.何度か乗船経験を重ねても,やはり船酔いは避けられないと諦めます.学生にも船酔いがみられ,それぞれ酔い止めを飲んで休むことになります.揺れが収まると,いよいよ観測開始です.とはいうものの,海の現場観測について経験は多くありません.試行錯誤して,なんとか試料採取を進めていきます.

続いて船内生活について紹介します.まずは食事,IODP船に乗船したときはアメリカ料理であり,私の体にはとても合いませんでした.今回は日本の船であり,ご飯がいつでも食べられる,それだけで結構うれしいものでした.加えて2日に1度,湯船に浸かることができ,お風呂好きの私にとってポイントが高かったです.そして日本語を話して過ごすことができる.海外船では日常が外国語になるため,知らず知らずにエネルギーを使います.船は半閉鎖環境であり,些細なことでストレスがたまりがちです.母国の船に乗船することは,言葉の苦労を和らげる観点で大きなメリットだと感じました.

オーストラリアからインド洋を西に横断し,寄港地モーリシャスが近づいてきます.モーリシャスの排他的経済水域(EEZ)に入ると基本的に観測を行うことはできません.研究のためには観測を続けたいですが,仕方ない気持ちで観測を終えます.モーリシャスに寄港して上陸すると,その暑さが際立ちます.リゾート地として有名なモーリシャスですが,港はそうではなく,現地の人が多いです.市場など周囲を半袖短パンで歩いて回ります.モーリシャスでは白鳳丸航海後半の乗船者と合流しました.本航海の重要観測はこちらで,これから南極付近へ向かいます.乗船研究者一同での打合せが始まり,密度の濃い1ヶ月になりそうです.
その2へつづく〉