2016/06/15

プランクトンのすむところ

プランクトンと聞くと,いったい何を思い浮かべるでしょうか.「ミジンコ」や「ミカヅキモ」と聞けば,顕微鏡でみた覚えがあるかもしれません.プランクトンとは,水中や水面に浮いて生活する,小さな生物の総称です.

私が研究しているのは,海にすむプランクトンの一種,浮遊性有孔虫(ゆうこうちゅう)の化石です.そんな小さなプランクトンを研究して,一体何がわかるのか.ひとつは過去の年代(示準化石),もうひとつは過去の環境(示相化石)です.

例えば恐竜の化石がみつかれば,恐竜が絶滅した6600万年前よりも古いことがわかります.一方サンゴの化石がみつかれば,昔は暖かく浅い海であったことがわかります.小さなプランクトンを調べることで,過去の年代や環境を推定することができます.

有孔虫を用いて,当時の海水温を復元することもできます.ここで大切なのが,有孔虫の生息深度(すむところ)です.つまり,どの水深の海水温を反映しているのか.今回掲載された論文(Matsui et al., 2016)は,有孔虫のすむところを扱っています.

現在生きている浮遊性有孔虫は,表層種(50m以浅),中層種,深層種(100m以深)と水深に応じてすみわけを行っています.化石となった有孔虫のすむところは,複数種の化学分析によって,相対的に表層種,中層種,深層種と区別することができます.

今回対象とした浮遊性有孔虫 D. venezuelana は長い期間,広い範囲の海洋にすんでいたため,よく古環境復元に用いられる種です.しかし,"すむところ"には謎がありました.3400~2800万年前には表層種であったのに,2400~600万年前には中深層種に属しているのです.

つまりD. venezuelanaは,2800~2400万年前に"すむところ"を深くした可能性があります.しかしこれまで,「いつ」深くなったのか,「なぜ」深くなったのかはわかっていませんでした.そこでD. venezuelanaの化学分析を行い,あわせて有孔虫の群集を調べました.

まず,複数種の化学分析により,D. venezuelanaの"すむところ"が約2630万年前に表層から中深層へと深くなったことが分かりました.2800~2400万年前の「いつ」深くなったかを特定することができました.
さらに有孔虫の群集を調べた結果,総数が多い群集(図右)から,総数が少ない群集(図左)に変わり,群集の組成にも差がみられました.こうした群集の変化から,「なぜ」深くなったのかを考えることができます.

今回用いた化石はペルー沖の試料であるため,現在のペルー沖について考えてみます.通常は赤道域の貿易風によって,湧昇流(深層の水が表層へと運ばれる)が発生しています.そうして深層の栄養が表層にもたらされるため,プランクトンの総数が多くなります(図右).

しかしエルニーニョ現象で貿易風が弱まると,湧昇流が弱くなり,結果としてプランクトンの総数が減ります(図左).現在の海洋と約2630万年前の海洋を同一に議論することはできませんが,群集の変化に基づくと,湧昇流が徐々に弱まった可能性があります.

D. venezuelanaの"すむところ"が深くなったことと,湧昇流の弱まりを合わせて「なぜ」を考えます.表層にもたらされる栄養が減少したことで,そこにすんでいたD. venezuelanaには栄養が足りなくなった.栄養を求めて,D. venezuelanaは"すむところ"を深くした,と考えることができます.

今回の研究は,次のような点に役立ちます.(1)D. venezuelanaを用いて海水温などを復元する場合に,どの水深の情報なのかが明確になる.(2)約2630万年前に起きた環境変動について理解する助けになる.

小さなプランクトンがすむところを変える.一見小さなことに思えます.しかしプランクトンを食べる生き物をたどっていけば,いずれはクジラなど大きな生物にも影響します.小さなプランクトンに秘められた過去.興味をもたれた方は以下の書籍をどうぞ.

おすすめ図書:
0.1ミリのタイムマシン/須藤斎著
ミクロな化石、地球を語る/谷村好洋著