2015/11/30

I have been to

グーグルマップで,自分の訪れたところをひたすらプロットしてみた.初めは行きたい場所をチェックしていたのだけど,行ったところを記録するのも面白いと思ったのがきっかけ.デジカメで撮った写真を眺めながら,記憶を思い返してみる.地図帳を引っ張りだして,地名から思い出す旅先もあった.

記憶の大方を思い出せたところで,地図を縮小スクロールしてみる.まず明らかに,宮城県が見えなくなった.写真の多くは大学に入ってからというのもあり,仙台に来てからの記憶は鮮明.もうひとつ地図で見えなくなったのは,高校まで過ごした愛知県.幼い頃の記憶はあいまいな部分もあるから,宮城県に負けず劣らず愛知県を訪ねているのかもしれない.こうしてみると,縮小スクロールすることで,その人にとってのふるさとが見える.さしずめ,現在の私にとって愛知がふるさと,仙台は第二といったところか.

一方で,ふるさと以外の地域に目を向けてみる.東北地方はやはり,仙台を拠点に巡ることができた.関東や東海地方は高校までに訪れたところが多い.しかし大阪以西はまばらにあるのみ.中国地方に至っては足を踏み入れたことすらない.いわゆる日本海側を訪れた経験が,まだ自分には少ない.その地域で生まれ育った人からすれば,私のマッピングとは反転した結果になるかもしれないのだから面白い.

そして,さらに縮小スクロールをしてみた.日本は小さくなって,世界の大陸が現れてくる.今度は日本が星で見えなくなった.一方で,世界は変わらず認識でき,その広さを感じずにはいられない.そしてここでも,日本の中国地方同様,全く訪れていないところがある.スケール大きく,南半球である.北半球で生活してきた人間として,南は季節が逆だとか,見える星が違うとか,知識としてはあっても,実感としてはない.加えて,地球の反対側はブラジル辺りと習ったけれど,そこを訪れたこともない.

自分にとって初めての中国地方,南半球,…というのは訪れる楽しみになる.世界どころか,日本すらをとても塗りつぶすことはできないのかもしれないけれど,その広さを再認識できることを期待して,これからも各地を訪れたい.

2015/11/18

好きと研究

好きこそ物の上手なれ,という諺がある.大学で研究に関わっていると,自分よりはるかに「~~が好きだ」という人に出会う.

地学系に入学した日,自己紹介で「月の石を持ってます」と話す人.「子どもの頃から恐竜が大好きです」と語る人.とても敵わないなあ,と感じていた.自分はどことなく,地球を学ぶことに興味を持っていただけ.

それから7年経って,同期や後輩が就職する中,自分はまだ学生を続けている.就職した同期にはもちろん,自分より地学が好きな人,より研究能力に優れている人がいた.ときには後輩の方が優れていて,ショックを受けることもあった.

好きの程度が上手につながるならば,どうして「大好き」な人が研究を続けないのだろう.しばらく考えているうちに,別の故事を思い出した.
子日く,これを知る者はこれを好む者に如かず,これを好む者はこれを楽しむ者に如かず.高校で習ったのだと思う.論語の雍也篇.

前半部はわかりやすい.物事を理解する人は,それを愛好する人には及ばない.好きこそ物の上手なれ,に近い意味である.後半部はどうか.物事を愛好する人は,それを楽しむ人には及ばない.好きな人が,必ずしも研究を続けない理由がここにあるのかもしれない.

研究をしていると,大抵はうまくいかないことの方が多い.目に見える成果が出るまでに,相当な時間を要することもある.好きを仕事にするか,趣味にするかの分かれ目は,そんなデメリットを含めて楽しめるかどうかに関係しているのかもしれない.

それでは,現在私は研究を楽しんでいるのだろうか.自問すると,半々といったところかもしれない.それでも,7年前の入学した日よりは,地学を理解し,好きになっているのは確か.仕事にできるかどうか,楽しみを見出しつつ,続けてみる.